バンド活動あるある:番外編:褒める&嫉妬:褒める編

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 さて、いざ書こうと思っても、キャリアの割に余り褒められたことがないので(汗)、何を書いていいやらば。お恥ずかしい限りですが。
 ですのでちょっと褒められた話を、必要以上に引き伸ばします(涙)


 早速ですが、中学時代は楽器いじっていて褒められたことって記憶ないですね。
 勿論、ヘタクソだったってのもありますがw


 高校入って、フュージョンコピーバンドでベース弾く様になってからですか、ね。
 そのバンドのギターが、「この学校でまともなベース弾けるのはお前位」って言ってくれて。
 例のイケメンでいい奴です。こういう奴なんで、モテても全然嫉妬しませんでした。「モテて当たり前じゃ」と。又、例のジャパメタバンドの連中も持ち上げてくれて(前に書いたことです)、そういう訳で不本意?ながら、高校時代はベーシストとして名が売れていた、と。

 それで、当時住んでいた街の駅の近くに小さなライブハウスが出来、ここがアマチュアバンドのパッケージショーも企画し始めました。
 高校生の分際で、お酒が出る場所に出入りするようになりましたw。
 もう時効だから書きますが、自分のボトルがありましたw。しかも不思議なことに減らないんですね。増えていたりしてw。当時の店長さんには未だにアタマが上がりません。
 勿論、お店では木戸銭御免でした。下記のバカな事件があるまでは毎日行っていたような気がします。

 勿論、パッケージショーにも積極的に何度も参加しました。
 滝ともはるさんにサインいただいたのも、このショーに何度も出て、主宰者に顔覚えてもらえたから遭わせて頂けたんだと思います。
 そのライブハウスで例のフュージョンバンドが演奏した時、4~5歳位年上の大学生のお客さん(当時年上)が私を物凄く褒めて下さって。「アグレッシブな演奏」だっだそうで(汗)。
 こういうことって、30年経っても忘れないものですね。その方のご尊名もまだ覚えています。言われて身体が熱くなって、なんて答えて良いのか判らなかったの、今でも思い出せますから。

 10代って、いろいろ挑戦出来る時期だったんだと思います。お金が無くてもなんとかやっていけちゃうものなんですね。
 これを勘違いしちゃうと、とんでもない人生が待っていますがw。この時はまだ知る由もありませんが。
 勿論、ある程度の原資がないと楽器関連は買えません。当時から借りパクっている奴がいましたね。留年生に多かったですがね。
 そういえばデビュー組のバカ(留年生)がそのお店のレジから現ナマパクってバレて、派手にシバかれてましたね(後述)w

 暫くして主催者:オーナーさんともお話する機会をいただき、「真剣にやるなら手、貸すぞ、」と。
 ただ、色々情報集めてみると、自分と住む世界の違う世界の方だったんですね(シバかれる、の意、ご理解下さい。凄かったです。)。
 今から考えれば、丁重にお断りして正解だったか、と。


 それで、何とか大学に滑り込みました。
 暫く大人しくしてました。デビューさん達が大口叩いて盛んに自己PRしている頃です。
 新しいギター(GRECOの黒カスタム)を入手し、講義も出ずに(これは後で「不可・再履修」という形で手痛く返ってきました)、ひたすら独りで練習する日が続きました。
 大学時代に自分の腕を褒めてくれた奴って、今から思えばみんな拙宅(一人暮らし)に招待していたような気がします。楽器始めたばかりの奴もいましたが、貪欲でしたね。「上手くなってやる」って意気が伝わってきて。一緒にWhoのビデオ観たりして。
 後輩が入ってきたとき「お披露目ライブで「私」を観てここに決めた」なんて言って貰って、顔が赤くなったのも数少ない褒められた思い出です。
 何人かは未だに連絡取れる状況にあります。
 逆に「嫉妬」だらけの奴や、色々イミフな事言ってくれた奴は、招待した覚えがありません。
 「リズムが甘い」とか、メトロノームひとつ持っていない人に言われたくはないですねw。
 当時はそんな奴が幅利かせてましたね。狭い世界の話です。

 在学中から、都内でパッケージショーを主催する団体に登録してライブ活動を始めました。ドラムの奴の陰謀wでベースで。例のだらしないトリオバンドの話です。ドラムの奴が見つけてきてくれて(自称リーダーは曲が作れないだけでなく、マネジメントのマの字もありません。ついつい居てしまって。惰性ってコワいですね)。
 その団体はライブ終了後、「ライブ評」なるものをくれたんですね。ライブ毎に。
 そこで私だけが褒められてた事なんかが何度かあり、これはかなり自信に繋がりました。しかし、他のメンバーからは嫉妬の素になってしまったみたいです。
 狭い世界で粋がっていた奴達が現実を突きつけられた瞬間、だったんでしょうね。
 その後ああいう酒の席の話になり、この「褒めてもらった」事、他のメンバーに対するコメントが全く無かったことから、こいつらダメじゃん、という気持ちが「確信」に変わり、「辞める」って決断が出来たのではないか、と。

 その後、暫くその褒め言葉をネチネチ言っていましたね。そいつ。
 その後そいつに新しいバンドに本当に「強引」に入れられ、最後私はキレて(表に出しませんでしたが)、自由契約選手に。
 内心は江本孟紀さんの名台詞でした。ベンチが何とかに変わっただけです。


 それで初めの頃に書きましたが、無理してだらしないバンドこなしてまでキャリア積む必要無いだろう、と、暫くバンド活動から遠ざかることになります。
 声が掛からなかった、という見方も出来ますが(涙)。


 ちょうどGIBSONのLes Paul Custom Black Beauty買ったのも、そのバンドが終わりかけている時だったような。ちょっと時系列がずれているかもしれませんが。
 ただ、どういう形であれ、バンド演りたかったんでしょうね。だからこそ、しっかりした楽器を一つ、って思いで購入したのかもしれません。


 そうこうしているうちに、本当に偶然でした。今のバンドに拾っていただいた、と。
 このメンバーの方は、そういう今までの連中とは全く違い、「褒める」「注意する」がしっかり出来る方ばかりです。
 やっと、落ち着ける場所が見つかったのかもしれません。今まで長かったです。
 勿論、だからといって、気を緩めるなんて事は出来ません。
 この、「褒める」「注意する」、この「注意」は「嫉妬」ではなく、きちんと気を遣った言葉ですね。これが出来るって、バンドとしてとても大事な事なんじゃないか、と思います。

 本当に、ギター弾くの辞めなくて良かった、と心から思っています。

 「褒める」って、簡単だったり状況によってはかなり恥ずかしかったりしますが、言葉に出すことにより、お互いが暖かい気持ちになれるんですね。
 度を超えると、BL、腐葉土の世界に行ってしまいそうでコワいですがw。


 相手の良い所を見つけ、「褒める」って、道徳の項目でもありましたがバンドに限った話ではないだろう、と。
 社会一般で必要なスキルなんじゃないか、と。
 バンドって、そういう社会一般の目で見ると、おかしなことが沢山出てきます。それは、「嫉妬」する奴、だらしない奴が多いからなんです。
 楽して好きなこと演って格好良くモテながら食って生きたい、って、現実ではまずありえない、とんでもない考えの奴が多いんです。
 ですので当たり前のことが当たり前でなくなっていることが多々あります。

 今のような粋なメンバーに出会えて長く続ける為に、自分の腕を上げる努力、社会常識を持つ、褒めてくれる人を大事にする、自分も褒める側に廻る、実力以上の欲を持たない事も必要!と結論付けさせていただきます。

 この流れは、次回、番外編の番外編として、上手い奴を見つけたら、で締めます。
 もう少し、短く纏めるスキルを身に付けます。

 ではでは。

 まっだまっだつづっくよ~

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