私的:音楽の出発点(後編)

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 まさか、このレコードを必要としている人がこんな近くにいたとは!
 拙宅の大BOSSです。マンガ全巻持ってきました。「サントラ聴いたことがない。きゃー!」とのこと。。。。
 私は秋元のヨメになってしまう人に狂っていたんですがw。女子医大病院の隣まで行ったりしましたw。

 この曲をマジメに採譜したりして(勿論完全に、なんて出来ませんでしたが)、歌謡曲の奥深さに気付いたのは収穫だったと思います。アレンジって面白いなって。ほんとマセたガキw。

 話を戻します。当時又調子に乗り髪を伸ばし始め、当然肩まで伸びw(高校時代も伸ばしてました)、そんなあやしい奴に対して世間は厳しく、当然バイトは限られてしまい、それでも行きつけの中古レコード屋さんが雇ってくれて、「封切っていないレコードはテープに落として構わないよ」なんて言って貰って。落としまくりましたw。
 お客さんいない時間はギター弾いてタバコ吸ってw。もうあんな仕事出会えないでしょうねw。
 そこで、あの超大作「The Kids Are Alright」のVHSビデオ

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が3500円位で入荷され、店頭に並ぶ前に即購入w。それからTOMMY、Quadropheniaに行くまで時間はかかりませんでした(これはDVDのディレクターズ・カット版が出てコレクターズアイテムに成り下がりました。ご覧になるならDVDを!Blues Brothersと並ぶ傑作です!)。
 拙宅で何度も上映会しましたw。不思議に見に来てくれる奴、何度も来てくれて。しかも誰一人「貸して」って言わなかったっていう。しっかりとした社会概念のある連中だったんですね。
 お店のレコード無断試聴でCCRのシンプルさ&奥深さに嵌ったり。

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2ndがありませんが、1枚目、4人Live(左)を除き国内版です、何気にこの正面1枚目、

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台湾盤だったりします。

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 Whoの影響か?サークルの企画バンドでヘンテコなBeatlesのコピバン演ったりしましたねw。
 カバーになるんですかね?w。ベースはメタリカで、Dr.の私はキースムーンで、ギターの奴は腕ぶんぶん廻してw。
 このバンド、Beatles信者には煙たがられてましたがw、何気に人気があり?同じ面子で2回もライブ演ったような。
 実際演っていて楽しかったです。気心知れた連中同士、変な気負いもなく、ストレスもなく。当然陰口も無く!

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 そのBeatlesなんですが、そのバイト先の中古レコード屋のご主人が、ベスト8枚組をロハでくれたんです。BOXの箱が壊れてるから商品にならないって(写真左側)。

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 それからです。マトモに聞き始めたのって。
 ほんと、きっかけがないと新しい音って聴けないですね。
 話は遡りますが、中学時代のギターの恩師に、唯一?馴染めなかった点?がありまして。それはBeatlesを神格化しすぎていたんですね。「Beatlesは音楽の全てが入っている」って真顔で話すような。
 それでちょっと????してしまい、当時はあまり聴かなくなってしまった、と。

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 このご主人から結構いただきました。松田優作さんのHardest Night Liveとか。
 当時王様がまだいなかった頃、「酔った勢いでカラオケできるよw」って(Honky Tonk Womenを日本語で歌っています)。

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 何気に凄いバックバンド。

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 ギターはこの御方。全て頂モノです。ほんと御礼の言葉が見つかりません。

 それで3年に進級し、サークル活動は終了します。
 3年から東京の校舎になる&併設短大があったため、このサークルは2年のみの活動でした。他のサークルは東京校舎でも活動していたようですが、私は「3年4年、都内にいくのにいつまでも狭い世界にいたくない」との考えでこのサークルを選び、3年に成り宛も無く東京砂漠を彷徨うことになります。

 それでオールディーズのライブを演るライブハウスの「ウエイター」のバイトを見つけ、前回書いたW大のブン屋くんなどと知り合います。
 ロカビリーに狂っている奴がStray Catsを教えてくれたり。
 又某先輩にも色々教えて頂き、

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今更ながら、格好良さに感動して。歌謡曲への偏見が無くなって。
 当時、月刊宝島誌で、以前書いたチェッカーズの竹内亨さんが、「歌謡曲は面白い。どんなジャンルも出来る」と言われていたのを思い出し、日本のヒットチャートもバカに出来ない(これは今は全く違う考えになっています)と再確認したり。
 バイトで友人と原資が出来たので、御茶ノ水、西新宿へは月一度は必ず行っていました。
 このころ、例のトリオバンドで動き出すわけですが、家に篭っている連中に比べて、外に出ることに対して貪欲だった私。彼らがいくら音楽的に恵まれている環境にいたとしても、バンドに対する姿勢・考え方は必然的にずれてきます。
 これは散々書いているので割愛します。

 音楽の出発点なんで仰々しく立ち上げましたが、言いたかったことを三行で言えば、
・音楽は一人で聴く&演奏するものではなく、友人からの影響が絶対必要。
・家に閉じこもっていてはダメ。出会いは重要。
・一般的社会常識が無いと、そういう奴としか付き合えなくなる。
ということを言いたかった為、こんなに長くなってしまいました。

 その後私は不本意ながらサラリーマンになりますが、勤める会社にも寄るでしょうが、急に「バンド」という言葉が無くなって行きます。「音楽」はテレビやゲレンデで放送されるものしか知らない、という人ばっかりで。
 今から思えば、このような状況下で無理にバンドを作る&探さなくて正解だったと。
 トリオバンドと同じバカなこと繰り返すのはTrouble No Moreですから。

 当時からの友人と、未だに付き合いが続いているのも上の3つを御互いが持っていたからではないか、と。

 最後なりましたが、私の音楽の出発点は、「完全無欠のロックンローラー」だった、と結論付けますw。

 今回も長文最後までお付き合い下さって有難うございました。

 ではでは。

 まっだまっだつづっくよ~。

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